ドロ蟹






   1

共同水道の落水がチョロチョロ流れる

河口近くの私の住いの

裏側の汚臭を放つ溝のほとり。



踏みしめられた黒い湿地を

餌を求めて蝟集していた黄の子蟹が

バケツを掲げた私の姿に驚いて

吹かれるようにめまぐるしくサラサラと逃げて行く。



リズミカルな

その思いがけない子蟹の動きが

私の心にささやかな朝を告げる。





   2

私は凝視める。

さわやかな子蟹の流れにさからって

饐えた臭いを放つ溝わきから

のっそり姿を現わした交尾した一対のドロ蟹を。

無器量な土色のドロ蟹は

むつまじく抱き合って

二肢、三肢爪先立て

凝視める私の眼の下で歩みを止める。

――荒毛の生えた肢をきれいに揃え

メスの甲羅に引っ掛けてしっかりと抱きついている

小柄なオス。

――いつも固く閉している花弁型の褌を大きく開き

オスの体をその中にすっぽり包むように抱き上げている

大柄なメス。



私は凝視める。

私の眼の下で逃げるのを忘れている。

陶酔した一対のドロ蟹夫婦を。

ふるえるような爪先で

小柄なオスを抱き上げているドロ蟹のメス。

葡萄の種のような目を立てて

私を見ているドロ蟹のメス。



玉一詩集