金策旅行(2)






空気のきれいな

とある山かげの小さな駅。



人影まれな閑散としたプラットホームの待合室で

私はひとり

乗り換える軽便の間のあいた時間を待っていた。

金借りる気でのこのこ訪ねて行く友のことを想いながら

うらぶれた虚ろな心で

目の前の

静かな山の姿に見入っていた。



空の青を向うにした緩やかな山の稜線。

空の稜線の

空に透けて幽かに立ち並ぶ描いたような小さな木々。

――目の前の斜面の日蔭を流れている澄んだ日射。

その日射に

梢を梳かれて明るんでいる雑木林。

こんもり緑に膨らんだ杉の林。

耳を凝らせば小鳥のささ啼きが聞こえそうなそのへんの

差し交った枝の繁りや木々の隙間が

微妙な日射しの影のかね合いで

不思議なほど間近にはっきりとこの目に見える。

私からそこは大分遠く離れているのに……まるでさざ波の

水面に四角い水眼鏡でも当てたように

なぜかそれが鮮やかに私に見える。



それはこの山間の秋に向う透明な空気のせいだろうか?

刻々に動いている微妙な日射しのいたずらだろうか?

いやいやそれだけではない

それはあの時のあの気分

あの共通した悲しみが入り交って

今の自分を支配しているためだと私は悟る。

あの時……

あの時も私は金がなくて困っていた!

あの時私は

戦火をまぬがれた焼残った或る金持ちの友の家の門の外で

ながい間待たせたまま出て来ない友を待った。

隣家の焼跡の庭で

辛さをこらえ

赤茶けた焦土の畝に生えた美しい麦の芽に見入っていた。

四、五寸伸びた麦の芽に

おだやかな午後の陽が射し

捻れ気味の麦の葉が

どの畝もどの畝も斜かいに染って

濃いみどりと透明な淡いみどりにかがやいている。

その新鮮な麦の色に私は見入る。

そうしてだんだん惹き込まれる。

途轍もない空想に時を過ごす。

――自分がいま

急に芥子粒ほどの人間になって

この麦の林の中をさ迷うとしたらどうだろう?

――遠い石炭紀の

鬱蒼たる原始林の林の中を

灼熱に透けた原色の緑に溶けて

たった一人で歩くとしたらどうだろう?

この世の中で自分一人が

永遠にその芥子粒ほどの化身の中に逃避して!

どこかでまた友にあったら

知らない顔で微笑もう

妻を見たら涙を浮かべ

やさしい心で護ってやろう。







玉一詩集