町角で






その男は

とある路地から

賑やかな表通りへ出ようとしていた。

考えごとでボンヤリした人間がよくするように

男は小さな叫びを発して

出会いがしらにそこへ来た婦人の体へ

あっという間に自分の顔を打ちつけた。

中年のその婦人は

しとやかに白い手袋の手を膝にそえ

当惑している男の方へ羞かんだ頭を下げ

そのまま何も知らずに行ってしまう

往来ではよくある何事もなっかた一寸した出来事のように。



電柱のそばの男の

みすぼらしい兵隊靴の足元には

毀れた男のロイド縁のメガネが転がっていた。

――私は行きずりに

貧しそうな日雇風のその男の顔をちらりと見た。

メガネのないうなだれた近眼のショボついた男の顔が

いつまでも私の目の底に残る。

あの不意の損失が

どのように男の心を痛めていたか

私に解る!

途方に暮れた気の小さい男の心が……。

思いがけないくらしの痛手が

またあの男を苦しめることであろう

――貧しい人間よ。

いつも用意のない人間よ。



玉一詩集